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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(あ)1900号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人鈴木晴順の上告趣意第一点は、判例違反を主張する。すなわち、原判決は、本件被害者の負傷は、外形的に受傷の程度を十分認識しえない状態であったが、被告人が少くとも未必的には受傷の事実を認識していたものと認められ、かつ客観的に救護の必要がないほど軽微な負傷ではなかったのに、被告人が傷の程度を確認することさえせずその場を立ち去ったのは、道路交通法七二条一項前段の救護義務に違反するとしたが、これは、札幌高等裁判所昭和三七年七月一七日の判例(高刑集一五巻六号四六〇頁)と相反する判断をしたものであるというのである。ところで、右引用の判例は、本件と同じ業務上過失傷害、道路交通法違反被告事件について、被告人である運転者が、事故後、車両の運転を停止し、下車して被害者らの傍まで行ったが、被害者らの行動を観察して、怪我はなかったかあっても打撲等の軽傷であろうと判断してそのまま立ち去ったという事案について、たとい後刻意想外の傷害があったことが判明しても道路交通法七二条一項前段違反の罪は成立しないとしている。そして、本件も被告人は、車両の運転を停止して、被害者の傍まで行ったが、被害者の状態は外形的に受傷の程度を十分に認識しえない程度であったというのであるから、殆んど同程度の負傷の結果を発生せしめた事案について、原判決は、いわゆる救護義務の成立を認めたことになり、右の点に関する限り、論旨引用の判例と相反する判断をしているものといわなければならない。

しかしながら、車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである。

そうすると、所論引用の判例は、これを変更し、原判決を維持するのを相当と認めるから、所論は、原判決破棄の理由となりえない。

上告趣意第二点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、刑訴法四一〇条二項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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